「ちゃんとやらなきゃ」から始まった
2015年、上司の「詳しい人、いないから」という一言で、私は会社のIT担当になりました。
教育学部を出た事務職で、プログラミングの経験はゼロ。パソコンでできたのはExcelの関数まで。そんな人間が、会社のIT全般を任されたわけです。
正直なところ、「まあ何とかなるか」とも思っていました。深く考えていなかった、というのが本当のところかもしれません。
ただ、根っこにはひとつだけ不安がありました。
全責任を、自分が負うことになる。
社内に相談できる人はいません。判断するのも自分、間違えたときに困るのも自分。それが一番怖かったのだと思います。
でも11年経った今、当時抱えていた「ちゃんとやらなきゃ」の中身は、そのほとんどを捨てました。
そして、捨てたから続けられたと思っています。
同じ立場になった方に向けて、捨てていい思い込みを4つ書きます。
思い込み①「専門知識がないと務まらない」
これが一番大きな思い込みでした。
でも、11年やって分かったのは、これです。
分からないことは、調べればだいたい書いてある。
最初に頼まれた仕事は、レンタルしていたパソコンのフォーマットでした。中身を全部消す作業です。当時の私は、やり方を知りませんでした。
ネットで検索して、書いてある通りに手を動かしたら、普通に終わりました。それだけです。
この11年、基本的にずっとこの繰り返しです。知識があったから解決できたことより、調べて解決したことのほうが、圧倒的に多い。
そして今は、AIがあります
2023年から生成AIを使うようになって、この傾向はさらに強まりました。
以前は、検索して、いくつもの記事を読み比べて、自分の状況に当てはめて……という作業に何時間もかけていました。今は、状況を説明すれば答えが返ってきます。
「知っていること」の価値は、年々下がっています。 代わりに上がっているのは、「何を調べればいいか見当をつける力」のほうです。
これは、専門教育を受けていなくても身につきます。というより、困った経験の数だけ身につきます。
思い込み②「資格を取らないといけない」
私は11年間、IT系の資格を1つも持っていません。
IT担当になった当初、「基本情報技術者を取ったほうがいいのだろうか」と考えたことはあります。でも結局、取りませんでした。
そして、困ったことは一度もありません。
なぜか
資格の勉強は、一般的な知識を身につけるものです。でもIT担当が日々ぶつかるのは、そういうものではありません。
- うちの会社が、何のサービスに契約しているか
- この人のパソコンが、なぜ今日だけ遅いのか
- うちの規模で、どのツールを選ぶべきか
答えは全部、社内にあります。 教科書には載っていません。
もし当時の自分にアドバイスするなら、こう言います。
資格の勉強に使う時間があるなら、自社の状況を1つでも多く把握してください。
そのほうが、何倍も役に立ちます。
(もちろん、転職を考えているなら資格は有効です。あくまで「今の会社で担当を務める」という目的においての話です)
思い込み③「ちゃんとした仕組みを作らないといけない」
契約しているサービスの一覧も、パソコンの管理台帳も、私はExcelの表で管理しています。
専用の管理ツールを使っている会社もあるでしょう。それに比べれば、洗練された方法ではありません。
でも、10人規模の会社では、これで十分だと考えています。理由は3つあります。
① 誰でも開ける
私が突然いなくなっても、後任の人が読めます。専用ツールだと、まずログイン方法から分かりません。
② お金がかからない
管理のために月額を払うのは、本末転倒です。
③ 続けられる
これが一番大事です。
立派な仕組みは、たいてい続きません。 導入した直後は熱心に更新しますが、忙しくなると止まります。そして半年後、実態と合っていない台帳だけが残ります。
それなら、雑でも続くほうが、はるかに価値がある。
「ちゃんとした資料」を作ろうとして止まった経験
最初の頃、私は立派なマニュアルを作ろうとしました。
体裁を整え、図を入れ、誰が読んでも分かるように——そう考えているうちに、着手すること自体が億劫になりました。
結局できたのは、表1枚です。でも、その表は今も使っています。
完成度より、存在することのほうが大事です。
思い込み④「全部を完璧に把握しないといけない」
11年経った今も、会社が何に契約しているか、私は完全には把握できていません。
数ヶ月かけてメールを掘り返し、かなりの部分は分かりました。でも、100%ではありません。
理由は単純で、私の知らないところで新しい契約が発生し続けるからです。無料で使い始めたものが有料になっていたり、別の人が必要に迫って何かを契約していたり。
以前はこれが後ろめたかったのですが、今は考え方が変わりました。
把握は「終わる作業」ではなく、「続ける作業」です。
だから、完璧を目標にすると必ず挫折します。分かったものから書き足していく、それでいい。ゼロよりは、はるかにマシです。
「全責任を負う」という感覚について
最後に、当時の私が一番不安だったことを書きます。それは、全責任を自分が負うことになるという感覚でした。
相談できる人がいない。判断するのも自分。何かあったら自分のせいになる。
ひとりでIT担当をしていると、この重さが常にあります。同じ立場の方なら、分かっていただけると思います。
11年やって、考え方が変わりました
今はこう考えています。
私の仕事は「判断すること」ではなく、「判断材料を出すこと」です。
たとえば、あるサービスを導入するかどうか。以前の私は、自分で決めなければいけないと思っていました。
でも本来、お金を使う判断は会社がするものです。私がやるべきなのは、こういうことです。
- 選択肢は何があるか
- それぞれ、いくらかかるか
- 導入しなかった場合、どんなリスクがあるか
これを整理して、上司に出す。 決めるのは会社です。
これは責任逃れではありません
むしろ逆です。
「自分ひとりで決めて、自分ひとりで抱える」状態のほうが、会社にとって危険です。担当者が辞めた瞬間、何も分からなくなるからです。
判断の経緯を会社に残していくことが、ひとり担当の本当の仕事だと、今は思っています。
そう考えられるようになってから、ずいぶん気が楽になりました。
私が思う、IT担当に必要な資質
ここまで4つの思い込みを捨ててきました。では、代わりに何が必要なのか。
11年やって出した答えは、これです。
分からないことを、分からないと認められること。
そのうえで、調べられること。
これだけです。
すべてを知っていることは不可能ですし、そもそも求められているスキルでもないと思っています。
なぜ「分からないと言えること」が大事なのか
一番危険なのは、知ったかぶりで進めてしまうことです。
「たぶんこうだろう」で設定を変えて、後から取り返しがつかなくなる。「よく分からないけど大丈夫だと思う」で契約して、後で問題になる。事故はここから起きます。
一方、「分かりません。調べます」と言うのは、周りから見て情けないことではありません。
むしろ、分からないことを分からないと言える人のほうが、信用されます。 その人が「大丈夫です」と言ったときに、本当に大丈夫だと信じられるからです。
私が「分からないのが恥ずかしい」と感じずに11年やってこられたのは、たぶんここが最初からはっきりしていたからだと思います。分からないのは、当たり前です。
ただし、捨ててはいけないものもあります
ここまで「完璧じゃなくていい」と書いてきましたが、手を抜いていい話ではありません。
私が捨てなかったものが1つあります。
分からないことは、必ず調べる。
「よく分からないけど、たぶん大丈夫だろう」で済ませない。ここだけは、11年変えていません。
特にお金とセキュリティに関わることは、面倒でも必ず確認してください。
- 契約内容を理解しないまま更新しない
- 権限やパスワードの扱いを「まあいいか」で済ませない
- 退職者のアカウントを放置しない
雑にしていいのは「体裁」であって、「判断」ではありません。 ここを混同すると、いつか事故が起きます。
まとめ
「詳しい人」にされてしまった方へ。捨てていい思い込みは、この4つです。
- 専門知識がないと務まらない → 調べればだいたい書いてあります
- 資格を取らないといけない → 11年無資格でやってきました
- ちゃんとした仕組みが必要 → Excel1枚で十分。続くものが正解です
- 完璧に把握しないといけない → 11年経っても全部は分かりません
そして、捨ててはいけないものが1つ。
- 分からないことは、必ず調べる
さらに、当時の自分に一番伝えたいのはこれです。
全部を自分で背負わなくていい。あなたの仕事は、判断材料を出すことです。
最後に、11年かけてたどり着いた結論を書いておきます。
IT担当に必要なのは、分からないことを分からないと認めて、調べられることです。
すべてを知っていることは不可能ですし、求められているスキルでもありません。
これだけ持っていれば、何とかなります。私が11年、何とかなってきたので。
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